前房出血 (ぜんぼうしゅっけつ)
前房出血(ぜんぼうしゅっけつ)とは、交通事故によって角膜(かくまく)の裏面と虹彩(こうさい)の根元が傷ついて出血する症状のことです。
前房(ぜんぼう)とは、角膜と虹彩の間の液体が充満している空間のことです。
交通事故のケースでは、眼球が打撲を受けて陥没した場合に、虹彩(こうさい)や毛様体(もうようたい)が傷ついて、前房出血を発症します。
交通事故によって眼球が破裂した場合も、前房出血を発症することがあります。
前房出血の症状が長引くと、視力障害をもたらすことがあります。
(1)症状
症状が比較的軽いケースでは、小さな光を眩(まぶ)しく感じたり、軽い痛みを感じることがあります。
重症のケースでは、視力の低下がもたらされることがあります。
出血が少ないときは、見た目では分かりません。出血が多いときは、前房全体が血液で満たされる状態になるため、外観上目立ちます。
前房出血を発症すると、虹彩(こうさい)から出血した血液が前房全体に散らばり、しばらくすると下部の方へ溜(た)まります。受傷して2~7日ほど経つと、再出血が起きることがあります。
(2)治療
前房出血を発症した場合は、CT(スキャン)や超音波検査を行います。これらの検査によって、眼球が破裂しているかどうかや、異物が混入しているかどうかを確認します。
その他にも、視力検査、眼圧検査、細隙灯顕微鏡検査(さいげきとうけんびきょうけんさ)を行います。
前房出血を発症すると、ベッドで安静にすることが必要となります。出血を吸収するために、ベッドを30〜45度ほど傾けて横になります。
虹彩炎(こうさいえん)が深刻である場合は、散瞳薬(アトロピン点眼薬)を投与します。ステロイド薬を点眼して、止血薬を内服することもあります。
高眼圧のケースでは、緑内障などの視力障害を引き起こす危険があるため、点眼や内服治療を行います。
出血が大量であるケースでは、前房内を洗浄することが必要となります。
通常は、出血はおよそ1週間ほどで吸収されます。血液が吸収されない状態が長く続いた場合は、視力低下の後遺障害が生じることがあります。
(3)後遺障害
前房出血を発症しても、およそ1週間ほどすれば出血がおさまることが一般的です。さらに2週間ほど経過すれば、症状は完全に治癒します。後遺障害が生じることは通常はありません。
ただし、症状が深刻なケースでは、「視力障害」が後遺症として生じることがあります。視力障害とは、視力が著しく低下することです。
視力障害には、2種類あります。「頭部外傷による視神経損傷」と、「眼球の外傷を原因とするもの」です。前房出血は、後者の「眼球の外傷を原因とするもの」です。
視力障害の後遺障害等級は、下記の表に照らし合わせて決定されます。
後遺障害等級第1級1号の「両眼が失明したもの」は、両方の眼球を摘出した場合や、眼球が残っていても明暗を判断できない場合を指します。
ようやく明暗を区別できる程度の状態であれば、後遺障害等級第1級1号に該当する可能性があります。
上記の後遺障害等級の表に書かれている「視力」は、矯正視力(きょうせいしりょく)を意味します。矯正視力とは、眼鏡(めがね)やコンタクトレンズ、眼内レンズなどを装用した場合の視力のことです。裸眼の視力ではありません。
ただし、角膜を損傷した場合、眼鏡(めがね)による矯正が不可能となることがあります。このような場合は、後遺障害等級は裸眼視力で認定されます。
(4)後遺障害を申請する際のポイント
視力障害を後遺障害として申請する際には、3つのポイントがあります。
①視力の測定
視力の測定は、万国式試視力表によって行われます。万国式試視力表とは、大小のCやひらがなが描かれた表のことです。
また、「手動弁(しゅどうべん)」や「指数弁(しすうべん)」によって視力を計測することもあります。
「手動弁」とは、被害者の眼の前で手を上下左右に動かし、手が動く方向を弁別できるかによって、視力を測定することです。
「指数弁」とは、被害者に指の数を答えさせて、どれぐらい離れた距離の指の数を答えることがきるかによって、視力を測定することです。
下記のイラストを見てください。一番左のイラストが、「手動弁」です。中央と右のイラストは、「指数弁」です。
指数弁の測定では、1メートル離れた指の数を答えることができれば、視力は0.02で、50センチ離れた指の数を答えることができれば、視力は0.01と判断されます。
失明しているかどうかについては、「光覚弁(明暗弁)」によって検査を行います。光覚弁(明暗弁)とは、暗室において被害者の眼の前で照明を点滅させ、照明がついているか消えているかを答えてもらうという検査です。
②両眼の視力障害
交通事故によって両方の眼の視力が低下した場合は、「両眼の視力障害」として後遺障害を申請します。片方ずつの眼をそれぞれ後遺障害として申請するわけではありません。
「両眼の視力障害」として申請するか、「片方の眼の視力障害」として申請するかによって、後遺障害等級が変わります。間違えないように気をつけましょう。
「両眼の視力障害」は、後遺障害等級第1級1号、第2級2号、第4級1号、第6級1号、第9級1号の対象となります。
「片方の眼の視力障害」は、後遺障害等級第2級1号、第3級1号、第5級1号、第7級1号、第8級1号、第9級2号、第10級1号、第13級1号の対象となります。
ただし、上記のルールには例外があります。
「両眼の視力障害」として申請すると、被害者の方に不利となってしまうケースがあります。このような場合は、「片方の眼の視力障害」として申請します。
たとえば、「右眼の視力が0.6で、もう左眼の視力が0.02」のケースを考えてみましょう。左眼の視力障害として考えると、後遺障害等級第8級1号に該当します。しかし、両眼の視力障害として捉えると、後遺障害等級第9級1号の対象となります。
両目の視力障害であるにもかかわらず、片方の眼の視力障害として考えた場合に比べて、被害者にとって不利な結果となってしまいます。
このようなケースでは、両眼の視力が低下している場合であっても、「片方の眼の視力障害」として捉えて、後遺障害を申請します。
以上のとおり、視力障害を後遺障害として申請する際には、被害者の症状に即した専門的な判断が必要となります。「両眼の後遺障害」として申請すると、被害者にとって不利な結果となるおそれがあります。視力障害の申請をお考えの方は、交通事故に精通した弁護士にご依頼されることをお勧めいたします。
③視力障害を立証するための検査
視力障害には、2種類あります。「頭部外傷による視神経損傷」と、「眼球の外傷を原因とするもの」です。前房出血による視力障害は、後者の「眼球の外傷を原因とするもの」です。
眼球の外傷を原因とする視力障害は、「前眼部」「中間透光体」「眼底部」の検査によって立証します。「前眼部」と「中間透光体」の異常は、スリット検査によって調べます。「眼底部」の異常は、直像鏡で検査します。
スリット検査 直像鏡
視力検査を行う際には、まず第一に、「オートレフ」で裸眼の正確な状態を検査します。オートレフで検査すると、水晶体に外傷性の異常がある場合にエラーが表示されます。
オートレフ
オートレフで異常が見つかった場合は、万国式試視力検査を行います。「裸眼視力」と「矯正視力」の両方を計測します。
これらの検査によって、「前眼部」「中間透光体」「眼底部」のいずれかに器質的損傷が認められる場合は、その検査結果を後遺障害診断書に添付します。
これらの検査を行っても明らかな異常が認められない場合は、「電気生理学的検査」を受けなければなりません。電気生理学検査は、「ERG(electroretinogram)」とも呼ばれます。
電気生理学的検査(ERG)
後遺障害の審査では、この電気生理学的検査(ERG)の検査結果が重要視される傾向があります。
電気生理学的検査(ERG)は、網膜(もうまく)に光刺激を与えたときに現れる網膜の活動電位をグラフにして記録したものです。科学的な検査なので、ごまかしは全くききません。このため、信頼性の高い検査として後遺障害の審査で重要視されます。
なお、視神経損傷が疑われるケースでは、「視覚誘発電位検査」が行われます。視覚誘発電位検査は、「VEP(visual evoked potentials)」とも呼ばれます。
この検査では、網膜から後頭葉(こうとうよう)までの視覚伝達路に異常がないかを調べます。光刺激を与えて後頭葉の脳波を誘発して、脳波の動きを記録します。
視覚誘発電位検査(VEP)
(5)弁護士に依頼することの重要性
前房出血の後遺障害を申請する場合は、交通事故に精通した弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
前房出血の後遺障害は、視力障害が中心となります。視力障害を後遺障害と申請する際には、被害者の症状に即した専門的な判断が必要となります。
たとえば、被害者の症状に応じて、「両目の視力障害」として申請するのか、「片方の眼だけの視力障害」として申請するのかを、適切に判断しなければいけません。
通常は、「両眼の視力障害」として申請しますが、症状によっては、「両眼の後遺障害」として申請すると、被害者にとって不利な結果となるおそれがあります。
いずれの方法で申請するかによって、後遺障害の等級が左右され、ひいては交通事故の示談金の金額が大きく変わる可能性があります。後遺障害の等級が1級上がるだけでも、示談金が大きく増加する可能性があります。
個別事案によって金額は異なりますが、たとえば後遺障害等級12級のケースについては、弁護士が交渉した場合の示談金の相場はおよそ500万~1,000万円です。
一方で、後遺障害等級11級のケースでは、弁護士が交渉した場合はおよそ1,000万〜2,500万円程度の示談金となる可能性があります。つまり、後遺障害等級が1級違うだけで、示談金が大きく変わる可能性があります。
このため、当事務所で視力障害の後遺障害の申請をする際には、お客様がより上位の等級を獲得できるように、お客さまの症状を詳しく分析したうえで、「両眼の視力障害」として申請するのか「片眼の視力障害」として申請するのかを決定いたします。
カルテなどの医療記録を分析するのはもちろんのこと、交通事故の状況や後遺症の具体的内容を詳しくお聞き取りしたうえで、お客さまと十分にご相談して方針を決定いたします。
なお、上記の示談金の相場は、あくまで参考として挙げた金額です。個別事案によって具体的な金額は異なります。
実際の示談金の金額は、交通事故の状況や、被害者の生活状況や就労状況、治療の経過や治療方法など、さまざまな事情によって左右されます。お客さまの状況に即して具体的なアドバイスをお聞きしたいという方は、一度当事務所までご相談ください。
ご相談の際にカルテなどの医療記録をお持ちいただければ、弁護士が責任を持って資料を分析して、今後の流れについてご説明いたします。
アジア総合法律事務所では、福岡をはじめとして全国各地からのご相談を受けております。交通事故のご相談は、初回は無料で受け付けております。前房出血の後遺症でお悩みの方は、ご予算を気にすることなくお気軽にご相談ください。
当事務所には、年間約200件にのぼる交通事故・後遺障害のご相談が寄せられます。
多くは福岡県内の方ですが、県外からのご相談者もいらっしゃいます。